─畳に映える「脚付き膳」のはなし

漆塗りの脚付き膳を畳に据え、おむすびと汁椀をのせました。お膳は小さな食卓。けれど一枚の板と四本の脚に、じつに長い時間が宿っています。

そもそも日本の食卓は、ひとり一膳が原点でした。平安の頃の「折敷(おしき)」という板が武家社会で台(うてな)を持ちはじめ、室町~江戸へと「本膳料理」が整うにつれて、各人の前に脚付き膳が置かれるのが作法になります。飯椀は左、汁椀は右、向こう側にお菜—一汁三菜の景色は、膳の上で完成するわけです。明治以降はちゃぶ台やテーブルに主役を譲りましたが、祝い事や法事、旅館の会席では今も凛とした存在感を放ちます。

よく尋ねられるのが「高坏(たかつき)との違い」。高坏は丸皿に高い脚が一本の“供物台”。和菓子や果物を盛る晴れの器です。一方、脚付き膳は四角い天板に四脚。食事を“しつらえる”ための小卓で、役割がまるで違います。

豆知識を少し—
・「お膳立て」という言葉は、この膳を整える所作から。今日の段取りがうまく運ぶよう、まずは膳を清めてから始めるのが女将の験担ぎ。
・寸法は昔の「寸」で呼ぶことも。八寸(約24㎝)、一尺二寸(約36㎝)…料理や部屋に合わせて選びます。
・脚の意匠は角を欠いた「隅切り」や、雲形にくり抜いたものなど。塗りは溜(ため)や黒、蒔絵が入るとぐっと晴れやか。
・お箸は手前に、箸先を左へ向けて置くのが一般的な作法。右手でそっと取り上げられます。
・百日祝いの「お食い初め膳」もこの仲間。赤と黒で男女を分けるしきたりが今も残ります。

お手入れは難しくありません。ぬるま湯でやさしく手洗いし、すぐ布で拭き上げる。直射日光と乾燥、電子レンジ・食洗機はご法度。漆は生き物、手の油で艶が育ちます。

畳に脚を立てた瞬間、空間が和の時間に切り替わるのが、脚付き膳の不思議。小ぶりでも、四角い舞台に季節がのぼります。今日は素朴なおむすびと汁椀、明日は菓子と煎茶。その日の気持ちをそっと受け止めて、さりげなく格を添える—それがこの膳の仕事です。

店の片隅で出番を待つ膳に布をかけながら思います。料理を運ぶのは腕、場を整えるのは器。畳に置いた一枚の膳が、いつもの昼餉を少しだけ晴れの日に変えてくれるのです。

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